投稿日:2007-10-21 Sun
今日、画家の藤田さんのお誘いを受けて、展覧会を見てきました。LANDSCAPE「それぞれの風景」展
作者は朝倉寛さん、海道圀夫さん、加藤広貴さん、佐藤勤さん、浜松繁雄さん、そして藤田俊哉さんの6名が、めいめいの作品を持ち寄ってのグループ展です。

写真左手にあるのが藤田さんの作品です。
藤田さんとは今度、コラボの仕事をするので、その打ち合わせをしつつの鑑賞です。赤・青・黒の強い色彩と、静謐な花を中心にした藤田さんとしては、ブラウンや和テイストの絵は新機軸で興味深いものでした。藤田さんの活動はリンクに入っているブログ「赤、ときどき黒」で見ることができます。
今日は、藤田さんと加藤さんが会場にいらっしゃいました。

加藤さんの絵も、見れば見るだけ深みのある(それは印象だけではなく、さまざまな矩形の連なりの中に奥行きや立体感を感じさせる)、よい作品が並んでおりました。ってなんか偉そうに論評しちゃいましたが、ぜひ見に行ってみてください。25日までやってます。
■LANDSCAPE「それぞれの風景」展
2007年10月20日〜25日(12:00〜19:00、最終日は17:00まで)
銀座ギャラリー風(銀座8-12-13)豊川ビル4F
ちなみにいま、この豊川ビルでは絵画オークションの下見会が開催されており、ピカソ、ウォーホール、ミロ、マティスにリ・ウーファン、奈良美智などの絵がタダ見できます。
投稿日:2007-08-26 Sun
いつまでつづくこの暑さ、夏バテ気味です。金沢紀行第2弾は金沢城址を中心にお目にかけます。
金沢城址公園。

ここはかつて金沢大学のキャンパスでした。
みちがえるように綺麗に整地されて、すっかり別物のたたずまいです。
こんなお堀も、建物もなかった…。

これは三十間長屋という史跡。
大学があった当時は鬱蒼とした森の中にあって、容易に入れない感じだったんですけどね。森はだいぶ切りひらかれていた様子でした。狸なんか見かけられて、たしか理学部の学生が卒論にこの狸の生態を調べて発信器を付けたりしたことがあったような気がします。
五十間長屋という新しい建物もできていて、博物館になっていましたが、今度は天守閣を建てるらしいです。小田原城みたいにならなきゃいいなと思ってボランティアガイドの人に聞いたら、どうも資料が少なく、しかもかなり小さい建物だったらしい。それならいいんですが、無益なハコモノを建てるのではなく、自然を残すことが故・中西知事の方針だったように思うのです。
この日は兼六園の無料開放でした。
私は入りませんでしたが、妻が写真を撮ってきました。
二時間ドラマで刑事が容疑者に探りを入れるシーンでおなじみ、ことじ灯籠です。

ついでにこの日の夕飯。犀川大橋近くの寺喜屋に行きました。

おばちゃんの注文させ方が上手いので目一杯の注文になりましたが、がんばってだいぶ食い散らかしました。
もひとつおまけに石川音楽堂のポスター。

岩城宏之さんの後任になる音楽監督には井上道義さんが着任しました。
う〜ん、キャラをわきまえたお写真(笑)
ちょうど私の大学時代にオーケストラ・アンサンブル金沢は設立され、学生券1500円と安かったこともあってよく通いました。岩城さんの演奏も、朝比奈さんの演奏も聴いたなあ。このころは石川音楽堂なんてなかったので、公会堂でやってました。
投稿日:2007-08-24 Fri
ついでですから、コンパクトデジタルカメラで撮った金沢編もご紹介。■東の廓。
廓ですから夜はチントンシャンのところです。
暑いので、融雪装置から水を出して打ち水効果を狙っています。



最後の荷車引きのお兄さんは糀屋さん。
前からやってきたのですが携帯電話使用中で写真の収まりが悪かった。。。
■東の廓の夜
どこぞのお店からチントンシャンが聞こえてきました。
私が学生やってたころはおみやげ屋なんてなかったんですけどね。


ライトアップということで、友禅染と二俣和紙を使った灯りで照らしていました。
■浅野川大橋より梅の橋を望む

■近江町食堂で食べたもの
近江町食堂も、市場関係者や庶民の食堂から様変わりしていました。
居酒屋風の内装にして、夜も営業しているようです。
海鮮丼と鰤カマ定食です。


学生時代に東山と尾張町に住んでいましたから、このへんは毎日歩いたところ。
いわば私にとって第二のふるさとです。
変わった部分、変わらない部分。
それぞれに趣深いものがありました。
東山のおんぼろアパートは超おんぼろアパートとして健在、近江町市場近くの喫茶・チャペックは代替わりして、ほんの二週間ほど前「東出珈琲店」になりました。昔から働いていた人がのれん分けしてもらって居抜きで入ったそうで、店名は変わりましたが中の雰囲気やカウンターの中の人、そして一杯ごとに淹れてくれるアイスコーヒーの風味はあいかわらず絶品でありました。おすすめです。
※フィルムカメラで撮った写真の現像が上がってきて、うまいこと撮れていたらまた出します。その前にフィルムスキャナを使えるようにならないと。
■ダイコクブログ「がんばる能登紀行」もご覧下さい。
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-199.html
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投稿日:2007-08-23 Thu
最後に立ち寄ったのは総持寺祖院です。横浜鶴見に総持寺というおおきなお寺がありますが、これは輪島市門前の総持寺が明治時代に移転したもの。輪島が元祖なのでこちらは「祖院」と称しています。
この総持寺祖院のある地域はさきごろの合併で輪島市に吸収されましたが、かつては門前町という町でした。今回の能登震災でもっともひどい被害を受けた地域です。

これは本堂脇の建物。立ち入りが禁止されています。

こちらが本堂。修理もなされ、中に入れますが、正面の扉が歪んでいます。

このお堂では地震の際、なかの仏様が転がり落ちたそうです。

これはお寺の外になりますが、旧門前町役場です。土台が…。
それでももうお参りは普通にできます。
門前の参道にある甘味処のお店(名前失念。お寺のすぐそばです)はアイスコーヒーも冷やしぜんざいもくずきりも全部手作りでたいへんにおいしいのでぜひ立ち寄ってみてください。ちなみに「能登大納言」という小豆は能登半島の特産品です。
参道の商店街は青いビニールシートが被った家や更地になった家が多く、観光客のための施設を優先して復旧に力を入れていることが察せられました。向こうでテレビニュース見てますと、みなさん仮設住宅に入って苦労なさっているようです。
少しですが、総持寺の復旧のために志を差し上げてきました。
参拝客の寄せ書き。暖かいメッセージが寄せられています。

能登の人たちは気候柄、我慢強くねばり強く頑張る方が多いようです。自分の家の復旧を後回しにしてでも観光客に喜んでもらえるようにがんばるのが能登の人たちの心意気であるようです。
日本は地震列島です。能登や新潟の災害はけっして他人事ではなく明日の我が身です。自己責任の範疇を超えた事態が生じたとき、試されるのは私たちの助け合いの精神、公共性です。明日の我が身に備えるためにも、この震災を忘れてはならないし、なにか自分にできることはないかな、と考えてみることが大事だと思いました。
■がんばる能登紀行
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投稿日:2007-08-22 Wed
奥能登から外浦を経由して輪島へ向かうと、徐々に震災の傷痕が目立ってきました。このルートでのお立ち寄りポイントは、北前船の往時を偲ばせる庄屋の館。
有名なのは時国家です。
江戸時代、日本海側は北前船の流通で大いに栄えました。網野善彦さんの著書で知ったのですが、能登は米の石高が低く、貧困に喘いでいたのかと思いきや、実は北前船で栄華を極めていたという歴史があります。
江戸時代に新潟が江戸と競う大都市であったことはこの交易を無縁ではないと思われます。北前船は、北海道でニシンを積み、秋田や山形で紅花を積み、と価値の高いものを運びました。京都や会津でニシンの入った蕎麦や山椒漬が名物だったり、加賀や京都で友禅染が栄えたこと、北海道のアイヌの人たちの服飾品が京都のお寺の廃材だったりするのはそのためでしょう。(このことはいずれきちんと書きたいと思います)
時国家は以前行ったことがあるので、今回は南惣美術館へ行きました。
http://www.wajima.gr.jp/nansou/index.htm
ここもかつての庄屋の館。
ここの栄華はすさまじく、すでに鎌倉時代の文献には名が見えるそうです。庄屋とはいっても北前船貿易の親方であるため総合商社的性格を持っており、「家札」(務める人たちが使うお金。もちろん換金可能)さえ発行していたそうです。応挙や柿右衛門、あるいは古筆切といった所蔵品もすばらしいものでしたが、こういう品物もおそらく武家や公家に金を貸したカタに取ったものではなかったかと。
ここのなまこ壁。ピンぼけご容赦。

ここのお宅の方と話をしましたが、この建物は半壊の認定を受けたそうです。このなまこ壁は全部剥落し、自費で修理したそうです。美術品もだいぶひっくり返ったりしたんだそうです。
輪島へむかう道の崖崩れ。怖!

輪島市の重蔵神社。石灯籠が…。



能登震災での唯一の犠牲者の方は灯籠の下敷きになったのでした。この状況、復旧が遅れているというより、もう灯籠を組み立てる気になれないということなのではないでしょうか。

拡大してみていただければわかると思いますが、屋根の瓦に新しいところがあります。
輪島の復興は素早い。朝市も行われており(私たちは行った時間が遅く、もう終わっていたorz)、賑やかさを取り戻したようです。
蕎麦屋さん「やぶ本店」のサラダ蕎麦。能登牛乗っかってます!

おいしかった。これで昨夜の能登牛の恨みを晴らしました。
北前船の時代ではない今日、観光は能登の大きな産業です。
多くの人が観光に足を運ぶことが、復興につながると思います。
少なくとも観光施設、道路は旧に復しています。
ぜひ行ってみてください。
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