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2007.08.04 *Sat

赤と青、ふたりのぼんぼんがけじめを付けた日のこと

8月1日、梅雨明けのこの日にふたりのぼんぼんがけじめを付けることとなりました。
言うまでもなく、赤城徳彦・前農林水産大臣と横綱・朝青龍のふたりです。


まず赤城徳彦前大臣。

彼はみるからにひよわなお坊っちゃんの印象。お坊ちゃんの特徴の一つに、乳母日傘で育てられているために自分で自分のけじめが付かないと言うことがあるような気がします。

事務所費の問題というのもそういうことなんだと思うのですが、辞めるときも「自民党が選挙に負ける原因になったから」責任を取って辞めるのだといってました。あまりに内向きな理由です。事務所費の問題は辞める理由ではなかったのね。国民に対して謝る回路がないのはお坊ちゃんにしてもあまりに痛いと思いました。これは久間・前防衛大臣のときもそうでした。

自民党が選挙に負けたのは、この内向きというか「どんだけ~!」的な高慢ちきな態度故だったのではないでしょうか。二世三世議員の中には「電車の切符も買えないバカ」(舛添要一談)がいるということですが、それでも赤城さんは「責任を取るということは辞めると言うこと」と身を以て知っただけ、安倍晋三氏よりは首相の資質を備えているといえるでしょう。


一方の朝青龍関。

彼がわかってないな、ぼんぼんだな、と思ったのは、もう自分は一人横綱ではないと言うこと。一人っ子だから許されるワガママというのはあって、どうしょもないドラ息子でも一人っ子はかわいいんだろうな、というのは田舎の議員の息子見てるとよくわかります。

残念というかなんというか、いま親である相撲協会の愛情は新横綱と新大関という生まれたての弟に向いています。苦手の兄ちゃん謹慎中に三河産の弟が横綱に昇進してくれれば言うことなし、ということになります。そして、ここで謹慎2場所という厳しい処分を下すのは「監督責任を問う」という今のメディア状況にも叶っているわけです。ドラ息子を一喝したことによって大相撲自体はかえって権威を増すはずです。


それにしても、「相撲は国技だから」というテレビの論調は再検討の余地があると私は思っています。相撲を国技と名付けたのは江見水蔭で、これは相撲場の命名によってなのでいわば「自称・国技」なのです。時期は明治末なので、日露戦争後に対米意識の芽生えたナショナリズムの高揚期でした。だから、朝青龍の一件にまだお腹立ちの方々は大相撲を民間の興業だと思えばよろしいと思います(実際に法人ですしね)。

アプリオリに「国技」だと思うからやれ外国人力士が、とか横綱の品位が、とかいう話になるんで、むしろ外国人力士が土俵を席巻してくれた方が「国技」という自己定義は補強できるわけです。「尊皇攘夷」とか「黒船襲来」とかそんな四文字熟語もありました。この言葉が出てきた時期に、日本人は「日本人」に目覚めたわけです。


伝統を創造し、その伝統に当てはまらない人間を糾弾することによってもナショナルなものは増幅されていく。自分はけじめを付けずに弟分の実名晒して「責任を痛感する」という言葉だけ知ってる首相も、それを狙ってるのかもしれません。

斯くして、アンシャン・レジームが確立された。。。

などということのありませんように。

※もう一回くらい書きます。
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COMMENT

→★ で、こっちです。

この記事は基本的に、「監督責任」をめぐるメディア状況を揶揄した記事です。監督責任を回避した安倍首相に対する糾弾の論調をみて、厳しい処分を下さないとひどいバッシングに遭うぞ、という雰囲気が相撲協会の処分を下した人たちにあっただろう、ということと、そしてその対象がだれもかなわないほど「強い外国人」だったということ。そのように参議院選や外国人に対する国民の鬱憤をぶつける代理処罰の場になってしまう大相撲=「国技」ってなんなんだ?という疑問を記したつもり。

朝青龍個人についてはいまとても気の毒な状態にあると思います。学校で言う「謹慎」はふつう親元で謹慎するわけですが、モンゴルに両親のいる朝青龍の場合は異国の地に「軟禁」という状態になってしまっている。しかも上記のような代理処罰を求める気持から多くの人は厳しい処分に快哉を叫んでいる、と。鬱状態になるのも当然でしょう。

どのような根拠から人に軟禁を強いるのかよくわからないのにみんな納得してしまう。しかもその対象はだれもかなわない力を持つ外国人であったから、なんとなく鬱憤が晴れたように厳しい処分を歓迎してしまう。そして外国人に対して「品格」を持ちだして強い態度を取った相撲協会は評価を高め、「国技」の権威は安泰。外国人力士が噛ませ犬として存在している構造はかわらないわけです。いやな感じですね。

本文の最後の部分で言いたかったことは、私たちが「伝統」と認識しているもののほとんどは近代的なもので(そもそも近代社会において有益だから「伝統」という名前で保護するわけです)、「伝統」という言葉がまとわりつくと、それに対しては根拠を問わないという暗黙の了解が出来てくるわけです。この「根拠問うべからず」という符丁が、相撲の場合は「国技」というレッテルなのでしょう。熱から冷めれば、あれはなんだったんだ、と思うのがオチなのに。
2007/08/06(月) 17:36:53 | URL | キンキン@ダイコク堂 #lUPQEYyE [Edit

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