投稿日:2008-05-29 Thu
先日の記事でお知らせした、つくばコンサート。今回、つくばコンサートでは初めて、学生当日券を導入しました。これは、感性の豊かな若い人たちに一流の演奏を生で聴いてもらいたい、という一部実行委員の熱意で実現したものです。
私も講義中にだいぶ宣伝し、チラシを配ったりしましたが(いいのかそんなことして(*^_^*))、「のだめカンタービレ」の人気もあって、私の想像以上の反応がありました。そのことを嬉しく思います。
クラシック音楽は、けっして堅苦しく、気詰まりな音楽ではありません。そして、必ずしも難解な音楽でもありません。そんなものなら、もうとっくに廃れている筈です。誰にでも楽しむことができる音楽です。
でも、楽しめる演奏であるためには、ひとつ条件があると私は思っています。
それはずばり、
「一流の演奏を聴く」
ということです。
一流とは何か。
これは難しい問題です。好事家が集まって組織したアマチュアのオーケストラでも一流の演奏を聴かせてくれることはあるし、世界に冠たる○○オーケストラにも凡演はあるからです。知名度が無くてもすばらしい演奏をする演奏家はいるし、知名度抜群でテレビに出まくっているような人でも聴くに堪えない代物である場合もあります。この、演奏の水準については、私たちが「目利き」(いや「耳利き」というべきか?)となって太鼓判を押せる演奏家を用意しました。
なにより大事なことは、自分がその場を楽しもうという、すこしだけ前向きな気持だと私は思います。その前向きな気持ちが、音楽の楽しみを生み出すのです。
あとは、ちょっと敷居が高そうなコンサートホールの入り口をくぐるだけです。その気構えだけで十分前向きになっているのです。
そう、たしかにコンサートホールは敷居が高い。
そこで、学生当日券1000円というチケットを用意してみました。1000円なら、映画行くより安いでしょ。
服装は、恋人とデートしたり、友だちとショッピングに行ったりするときの格好で十分です(クラシックオタクと呼ばれる人種の方がはるかに小汚い格好をしています(笑))。カシャカシャ音がしない服装がよいと思います。
あと注意すべきことは、演奏開始前に携帯電話の電源を切っておくことと、演奏中に立ったり音を立てたりしないこと、拍手は他の人がするのを確認してからすることくらいでしょうか。
今回のラ・プティット・バンドの演奏会は、初めてクラシックの演奏会に来る人も、何度も通い詰めた通の人も楽しめる、そんな演奏会です。ぜひお越し下さい。
投稿日:2008-05-27 Tue
6月1日、つくばノバホールで行われるラ・プティット・バンドの演奏会が近付いてきました。■ラ・プティット・バンド
2008年6月1日(日)PM3:00開演
A:3500 B:2500 C:1500 学生当日券:1000
※A,Bは村治奏一ギターリサイタルとのセット券あり
ラ・プティット・バンドは1972年、グスタフ・レオンハルトとシギスヴァルト・クイケンによって創設された、古楽(ピリオド)演奏によるアンサンブルです。
古楽(ピリオド)演奏とは、時代考証をふまえ、作曲や初演当時の楽器や演奏様式で演奏するスタイルのこと。上記のクイケン、そしてラ・プティット・バンドはその第一人者というべき存在です。今回、リーダーとして来日するクイケンはそのポリシーに基づき、ヴィオロン・ダ・スパラという、肩掛けチェロで演奏します。
曲目は以下の通り。
バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007
同 :「音楽の捧げもの」BWV1079より3声のリチェルカーレ
同 :管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068
ヴィヴァルディ:リコーダー協奏曲 ニ長調RV428「ごしきひわ」
同 :ピッコロ協奏曲 ハ長調RV444
同 :ヴァイオリン協奏曲集「和声と創意の試み」op.8より「四季」
今回の目玉はやっぱりなんといっても「四季」。
昨年、ラ・プティット・バンドは「四季」のCDを発売しました。近年の研究成果を踏まえ、1パート1人、ヴィオロン・ダ・スパラの使用による演奏は、聴き慣れた「四季」に新しい可能性をもたらします。
それから、この公演は「学生当日券」を導入します。
感性の豊かな若い人たちに、できるかぎりの低価格で一流の演奏に接してもらおうという地域貢献的な趣旨から、実行委員会における徹底議論の末、試験的に導入しました。調べてくださったkenさんによれば、この値段は今回関東の最安値だそうです。
席は2階席ですが、正直言ってノバホールの2階席は音響的にも非常によいです。学生証・生徒手帳をご持参下さい。絶対お得!
実際、講義時に学生さんに話をしていますが、反響が大きいです。「のだめカンタービレ」なんかがあって、いっぺんいってみたいが敷居が高そうだ、という印象があるようです。でも間違いなく、一度来れば面白いと思うはずです。音楽は最終的に理屈じゃないです。一流品の本物に接すれば、誰でもその凄さ・おもしろさは分かります。芸術って、そういうもんです。
投稿日:2008-05-19 Mon
小倉アナウンサーが司会する朝のテレビ番組「とくダネ!」で21日、リハビリ難民に関する特集を放映するそうです。今週一週間にわたって医療崩壊の現場的な特集を組んでおり、その一環としての放映です。
投稿日:2008-05-01 Thu
ある方から次のようなお知らせをいただきましたので、より多くの人に知っていただければと思い、転載いたします。お医者さんやマスコミ関係者のみならず、医療崩壊に関心のある多くの方にお薦めいたします。下記urlに参加応募フォームがあります。--
■全国医師連盟設立集会
http://doctor2007.com/recommend4.html
全国医師連盟設立集会を6/8(日)1300時〜1600時東京FMホールにて開催します。
〒102-0080 東京都千代田区麹町1丁目7番 FMセンター
参加費2000円
定員300名
参加資格は医師新組織の結成に賛同される方。事前登録が必要です(先着順)。
医療関係者以外に一般の方、メディアにも公開します。
■主催者からの挨拶
■来賓挨拶、および挨拶紹介
■役員紹介
■設立集会プレゼンテーション(予定)
○佐藤一樹先生 【被告人の立場からみた東京女子医大心臓手術事件の経緯】
○川嵜真先生 【被告人支援者医師の立場からみた杏林大学割り箸事件の経緯】
○中原のり子様 【医師の過労と医療の改善〜あなたの子どものいのち、疲れ切った小児科医にまかせますか?〜】
○江原朗先生 【医師の長時間勤務で医療安全は低下】
○澤田石順先生 【受診制限問題に関する行政訴訟(仮題)】
○木田博隆先生 【いまこそ医師の自律性が求められているー実践的倫理と作法ー】
お医者さんの憂さ晴らしに終わることなく、明日の日本の形を考える試みになることを期待します。
投稿日:2008-05-01 Thu
別のところに書いた文章ですが、こっちにも転載します。--
本ばっかり買ってる。もともと読書のスピードは遅い方なので、どんどん溜まっていく。でも多分また買う。
ところで出版不況だというが、本が売れない理由に「平均的日本人の日本語リテラシィが落ちているので、本を読まなくなった」ことと、「読むか読まないかわからない本を買わなくなった」のふたつがある。
「平均的日本人のリテラシィが落ちている」こと、これは絶対に間違いない。
大学で文章表現の講義を受け持って10年経つが、日本語の読み書き能力は間違いなく、どんどん落ちている。漢字テストがレベルもどんどん下がっている。以前は「段落の考え方」から始めていた文章表現技術も、いまは「原稿用紙とはなにか」から始めて「「文」を作る」という話に進むようになった。新聞は年々歳々語彙を落としているが、学生のリテラシィの低下はそのペースをはるかに上回る。大学では教材に新聞を使う先生が多いが、学生は付いていけていない、ことに先生は気が付かない。『「おじさん」的思考』のなかで内田樹が書いているが、予備校の調査に寄れば「1年間で1点のペース」で平均点が下がり続けて30年だそうである。それが1999年のエッセイだからいまは更に10点下がっているのだろう(このエッセイ「大学全入時代にむけて」は『下流志向』の原型をなす、非常に優れた文章です)。それは、ブルーカラーとして最低限のリテラシィが備わっていればそれでよいという経済サイドの思惑にそった教育の成果である。
だから本は売れない。作家は売れないとおまんまの食い上げだから語彙レベルを下げ、物語の構造を単純化する。現在その到達点はケータイ小説と言うことになる。評論はさらに売れない。学歴格差社会やプレカリアートや、そういった警国の書はどしどし出版されるが、残念ながらそれを読む層は当事者ではない。
もう一点、「読まない本を買わなくなった」という点について。
最近、たくさんの本を抱えてレジに並ぶ人を見なくなった。それはすなわち、「本を衝動買いする人」が減ったと言うことである。先日、私が「蟹工船」を買った上野の駅ナカ書店で本を手にとってじ〜っとみつめている女性がいらっしゃったので私もその背中をじ〜っと見つめて差しあげたことがあったのだが(当然、背後から「買え、買え」という念を送って差し上げたのである。それにしてもあの本屋、いかに「蟹工船」のカバーがかっこいいとはいえ、よくあんなに平積みで並べたものだ)が、こういう「ジャケ買い」的なノリは徐々に失われている。それは端的に平均的日本人の可処分所得が減っていることが原因であるわけだが、「無駄をなくす」という構造改革的思考の蔓延の中で、不要不急の書籍購入が躊躇された結果にほかならない。
無駄をなくすとき、精神と肉体の健康に関わる事柄から削っていくのが現代のトレンドである。ガソリン税は再値上げしてでも道路工事は止めないが、クラシックコンサートやリハビリ診療報酬はガンガン削る。それを「構造改革」と称して快哉を叫んだ人たちも大勢いるのはいまの衆議院を見ればよく分かる。「構造改革主義の蔓延が出版不況を生んだ」というとおおごとのようだが、まあだいたいそんなところだと思う。
ところで本箱は「読み終えた本の保管庫」であるだけではない。「これから読む本の準備庫」もしくは「自分が関心ある知的事柄を可視化したもの」であるという機能をもつ。これは本に無駄遣いを辞さない覚悟がなければできない。そして「自分が関心ある知的事柄を可視化」することは、知性の涵養に対して効果的な方法である。
構造改革はそういう無駄を省いたので、これからの日本は辛うじて経済水準だけが現状もしくはちょっと下位程度に踏みとどまりずつ、知的水準の低い・単純労働だけが売りのブルーカラー国家になること必定である。いまは中国から研修生を招いたりしているが、じきに日本から単純労働力が輸出されるに違いない。そんな経済大国としての延命措置よりは、心身の健康に無駄遣いをしつつ、栄光ある黄昏を迎えた方が幸せみたいな気がする。
それはともかく、ご飯一食抜いても「いつか読むかも知れない本」を買うくらいの見栄みたいなものがないと大人の知恵は付かんよ、と言いたい。あんパンと牛乳を脇に公園のベンチで読む本は栄養満点の心のごちそうなのである。
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