This Archive : 2007年08月

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2007.08.28 *Tue

厚生労働大臣・舛添要一氏にリクエスト

ご承知のように、昨日内閣改造がありました。

改造新内閣は「人心一新」を謳っていますが、はじめての国政選挙で国民に「否」の意思表示をされた首相が替わることが、一番の「人心一新」だと思うのですが、まあそれはこの記事の主題ではありません。

ここで注目したいのは厚生労働大臣に就任した舛添要一さんのことです。

実はこのダイコクブログ。では過去に舛添要一さんを数回の記事で取り上げています。

■リハビリ打ち切り問題に関するバラエティ番組(2006年10月12日)
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-91.html

ようは、昨年10月7日に放送された「みのもんたのずばっとコロシアム」において、リハビリ打ち切りで苦しむ90歳の女性の訴えに対し、「こんなことはありえない。この方の件については調査をしたい」という趣旨の発言をしたことです。

さてその後、この調査はどうなったのでしょうか。

厚生労働大臣になった舛添さん、ぜひこの調査を徹底して行ってください。
よろしくお願いします。

そして、厚労省よりの一部「識者」のご都合主義な報告に惑わされず、リハビリ日数制限の撤廃を行ってください。お願いします。

■厚労省よりの報告について拙ブログ。
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-101.html

実はこの際にも舛添さんの名前は登場していまして、厚労省の意を受けた医師が与党の勉強会に呼ばれて説明を受けた際の記事です。上に、「厚労省よりの一部「識者」のご都合主義な報告に惑わされるな」と書いたのはこういう事実があってのことです。


※なんかもっといろいろ書けそうな気がしたのですが、夏バテで頭が働かないようです。
※舛添要一さんは「舛添」が正しく、「桝添」ではないみたいです。
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2007.08.28 *Tue

9月3日、NHKFMで森麻季リサイタル放送

きたる11月4日(日)にノバホールでリサイタルの行われる森麻季さんの、6月に東京で行われたリサイタルがNHKFMで放送されます。

森麻季ソプラノ・リサイタル
収録日 :2007年6月29日
収録会場:東京オペラシティコンサートホール
放送日 :2007年9月3日(月)
NHK-FM 19:30~21:10


まだつくば公演をお悩みのみなさま、あるいはもうチケットを入手されたみなさまも、ぜひお聴きください。もちろん、「森麻季って誰?」という方も。

「ぜひ森麻季を生で聴きたい」と感じた方はこちら↓をご一読の上、ぜひご来場下さい。
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-161.html
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2007.08.27 *Mon

携帯電話を投げる

「講義中に携帯電話を使ったら、折る」と言っているキンキンです。

■NHKニュース:携帯電話を遠くへ投げる大会
http://www3.nhk.or.jp/news/2007/08/27/d20070827000049.html

携帯電話をどれだけ遠くに投げられるかを競う、ちょっと変わった大会が北欧のフィンランドで開かれました。大会では、89メートルも投げたオランダ人の38歳の男性が優勝しました。

この大会は、世界最大の携帯電話メーカーがあることで知られるフィンランドで25日に開かれました。使わなくなった携帯電話を捨てる前に、最後に有効利用できないかと地元の人が始めたのがきっかけです。7年前にサボンリンナという町で始まった小さなイベントは、年を追うごとに規模が拡大し、ことしは世界8か国から参加者が集まりました。大会では、用意された携帯電話を助走を付けて89メートルも投げたオランダ人の38歳の男性が優勝しました。この男性は「一度は投げ飛ばしたいと思っていたが、夢がかなったようで非常にいい気分だ」と話していて、日ごろのストレス解消となったようです。

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このご時世に携帯電話を持っていないキンキンです。
とくに必要性は感じないのでどうでもいいのですが、街角から公衆電話が消えつつあるのは困ります。

しかし、近年の学生の様子をみているとなんとなく分かります。

彼らにとって、携帯は機能以上のなにか所有者の精神や人間関係の一部を具体化した装置であるということ。これを取り上げられたり壊されたりしたら、人格の一部を破壊されるような恐怖感があるということ。一方で、彼らの直面するトラブルやストレスの多くも、携帯電話を通じてもたらされているということ。通話料金は月数万円、「携帯代がかかるから教科書が買えない」とはごく普通に聞かされる言い訳です。言い訳ですが。それにしても、社会的インフラにこんなに金がかかる=金が集まる状況って健全なんでしょうか。

これきっと、いろんな意味で「愛憎半ば」なんだろうなあと思う次第。
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2007.08.26 *Sun

金沢城址界隈 ~ いんぎら~っと金沢紀行(その2)

いつまでつづくこの暑さ、夏バテ気味です。

金沢紀行第2弾は金沢城址を中心にお目にかけます。

金沢城址公園。
こんなに立派になって…。

ここはかつて金沢大学のキャンパスでした。
みちがえるように綺麗に整地されて、すっかり別物のたたずまいです。
こんなお堀も、建物もなかった…。

三十間長屋

これは三十間長屋という史跡。
大学があった当時は鬱蒼とした森の中にあって、容易に入れない感じだったんですけどね。森はだいぶ切りひらかれていた様子でした。狸なんか見かけられて、たしか理学部の学生が卒論にこの狸の生態を調べて発信器を付けたりしたことがあったような気がします。

五十間長屋という新しい建物もできていて、博物館になっていましたが、今度は天守閣を建てるらしいです。小田原城みたいにならなきゃいいなと思ってボランティアガイドの人に聞いたら、どうも資料が少なく、しかもかなり小さい建物だったらしい。それならいいんですが、無益なハコモノを建てるのではなく、自然を残すことが故・中西知事の方針だったように思うのです。


この日は兼六園の無料開放でした。
私は入りませんでしたが、妻が写真を撮ってきました。

二時間ドラマで刑事が容疑者に探りを入れるシーンでおなじみ、ことじ灯籠です。
ことじ灯籠



ついでにこの日の夕飯。犀川大橋近くの寺喜屋に行きました。

てらきや


おばちゃんの注文させ方が上手いので目一杯の注文になりましたが、がんばってだいぶ食い散らかしました。

もひとつおまけに石川音楽堂のポスター。
井上みっちーのおつむり


岩城宏之さんの後任になる音楽監督には井上道義さんが着任しました。
う~ん、キャラをわきまえたお写真(笑)

ちょうど私の大学時代にオーケストラ・アンサンブル金沢は設立され、学生券1500円と安かったこともあってよく通いました。岩城さんの演奏も、朝比奈さんの演奏も聴いたなあ。このころは石川音楽堂なんてなかったので、公会堂でやってました。
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2007.08.25 *Sat

石川県作業療法士会の復興支援

「なりゆきまかせ」といいながら、このブログはリハビリ問題を主題としつつある今日この頃です。が移りつつあります。で、ちょうど能登紀行の連載を終えたばかり。で、今日はふだんと目先の変わったリハビリ問題。なんとなく個人的にもうれしくなる新聞記事でした。


■被災者に支援の風 県作業療法士会 うちわ3000本作る(中日新聞石川)
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/20070823/CK2007082302043222.html

学会などで販売 義援金募り復興PR

 県作業療法士会はオリジナルのうちわを通じて能登半島地震の復興支援を続けており、これまでに三千本のうちわを作った。

 被災者への義援金を募ることや、能登半島が元気であることを伝えて観光に訪れてもらおうとの思いを込め製作してきた。

 同会は鹿児島市など全国各地で行われる作業療法士(OT)の学会や研修会で、「がんばっています能登」と書かれたうちわを一本二百円で配布。六月には県に売り上げの二十万円を寄付した。

 また七月末には暑い夏を元気に乗り越えてほしいと「応援します」とメッセージを添えたうちわを輪島市はじめ能登地区すべての仮設住宅に配った。

 同会では今後も催しなどでうちわを配り、募金を寄付する方針だ。 (寺本康弘)


■ダイコクブログ。がんばる能登紀行。
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2007.08.24 *Fri

浅野川界隈をぶらり散策 ~ いんぎら~っと金沢紀行(その1)

ついでですから、コンパクトデジタルカメラで撮った金沢編もご紹介。

■東の廓。

廓ですから夜はチントンシャンのところです。
暑いので、融雪装置から水を出して打ち水効果を狙っています。

東の廓1

東廓2

東山


最後の荷車引きのお兄さんは糀屋さん。
前からやってきたのですが携帯電話使用中で写真の収まりが悪かった。。。

■東の廓の夜

どこぞのお店からチントンシャンが聞こえてきました。
私が学生やってたころはおみやげ屋なんてなかったんですけどね。

廓の夜も観光地化

ライトアップは友禅と二俣和紙


ライトアップということで、友禅染と二俣和紙を使った灯りで照らしていました。

■浅野川大橋より梅の橋を望む

浅野川


■近江町食堂で食べたもの

近江町食堂も、市場関係者や庶民の食堂から様変わりしていました。
居酒屋風の内装にして、夜も営業しているようです。
海鮮丼と鰤カマ定食です。

海鮮丼

鰤カマ定食



学生時代に東山と尾張町に住んでいましたから、このへんは毎日歩いたところ。
いわば私にとって第二のふるさとです。
変わった部分、変わらない部分。
それぞれに趣深いものがありました。

東山のおんぼろアパートは超おんぼろアパートとして健在、近江町市場近くの喫茶・チャペックは代替わりして、ほんの二週間ほど前「東出珈琲店」になりました。昔から働いていた人がのれん分けしてもらって居抜きで入ったそうで、店名は変わりましたが中の雰囲気やカウンターの中の人、そして一杯ごとに淹れてくれるアイスコーヒーの風味はあいかわらず絶品でありました。おすすめです。


※フィルムカメラで撮った写真の現像が上がってきて、うまいこと撮れていたらまた出します。その前にフィルムスキャナを使えるようにならないと。


■ダイコクブログ「がんばる能登紀行」もご覧下さい。

 http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-199.html
 http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-200.html
 http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-201.html
 http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-202.html
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2007.08.23 *Thu

総持寺の門前は復興途上~がんばる能登紀行(5)

最後に立ち寄ったのは総持寺祖院です。

横浜鶴見に総持寺というおおきなお寺がありますが、これは輪島市門前の総持寺が明治時代に移転したもの。輪島が元祖なのでこちらは「祖院」と称しています。

この総持寺祖院のある地域はさきごろの合併で輪島市に吸収されましたが、かつては門前町という町でした。今回の能登震災でもっともひどい被害を受けた地域です。

総持寺

これは本堂脇の建物。立ち入りが禁止されています。

本堂

こちらが本堂。修理もなされ、中に入れますが、正面の扉が歪んでいます。

お堂

このお堂では地震の際、なかの仏様が転がり落ちたそうです。

門前

これはお寺の外になりますが、旧門前町役場です。土台が…。

それでももうお参りは普通にできます。
門前の参道にある甘味処のお店(名前失念。お寺のすぐそばです)はアイスコーヒーも冷やしぜんざいもくずきりも全部手作りでたいへんにおいしいのでぜひ立ち寄ってみてください。ちなみに「能登大納言」という小豆は能登半島の特産品です。

参道の商店街は青いビニールシートが被った家や更地になった家が多く、観光客のための施設を優先して復旧に力を入れていることが察せられました。向こうでテレビニュース見てますと、みなさん仮設住宅に入って苦労なさっているようです。

少しですが、総持寺の復旧のために志を差し上げてきました。

参拝客の寄せ書き。暖かいメッセージが寄せられています。
寄せ書き



能登の人たちは気候柄、我慢強くねばり強く頑張る方が多いようです。自分の家の復旧を後回しにしてでも観光客に喜んでもらえるようにがんばるのが能登の人たちの心意気であるようです。

日本は地震列島です。能登や新潟の災害はけっして他人事ではなく明日の我が身です。自己責任の範疇を超えた事態が生じたとき、試されるのは私たちの助け合いの精神、公共性です。明日の我が身に備えるためにも、この震災を忘れてはならないし、なにか自分にできることはないかな、と考えてみることが大事だと思いました。

■がんばる能登紀行
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-199.html
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-200.html
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-201.html
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-202.html
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2007.08.22 *Wed

診療報酬、リハビリに「成果方式」導入へ 改善度を初加算

数日前ですが、リハビリ問題に関して新しい記事が出たのでご紹介します。


■診療報酬、リハビリに「成果方式」導入へ 改善度を初加算
 産経新聞(2007年8月19日)

http://www.sankei.co.jp/kyouiku/fukushi/070819/fks070819000.htm

 厚生労働省は18日、脳出血や骨折などの患者のリハビリテーションを対象に、診療報酬に初めて「成果方式」を導入する方針を決めた。患者の改善度合いで病院ごとの実績を評価、診療報酬点数を加減する内容で、評価基準作成を進めている。今秋の中央社会保険医療協議会(中医協)で評価基準案とあわせて成果方式の導入を提示、平成20年度の次期診療報酬改定での実現を目指す。

 成果方式が採用されるのは、機能回復を図る「回復期リハビリ病棟入院料」。現行では、(1)回復期リハビリを必要とする患者が常時8割以上入院(2)専従の医師1人以上、理学療法士2人以上、作業療法士1人以上が常勤-などの要件を満たせば、一律で1日1680点の診療報酬点数が与えられている。

 診療報酬点数は医師の診療行為に与えられ、病状の改善度合いは加味されない。今回は患者の入院時と退院時の状態を比べ、改善度合いの良好な患者がどれだけいるかで診療報酬に差をつける。

 ただ、患者の病状によって期待できる回復状態が異なることから、医療関係者の間では「成果方式になると、病院は回復の見込みが高い患者を優先し、回復が難しい患者を敬遠するのではないか」との懸念も強い。

 こうした事態を防ぐため、厚労省は病状に応じた改善度合いの目標達成度を定め、数段階の評価基準を作る。その上で、病院の過去の実績をみて、高い評価基準をクリアした病院は入院料の診療報酬を高くする。同省は、すでに全国の病院から評価基準づくりに必要なリハビリに関するデータ収集を進めている。

 回復期リハビリに成果方式を導入するのは、高齢化社会の進行で、今後脳血管疾患などの患者が増えるとの見通しに基づいている。不十分なリハビリでは障害が残り、入院が長期化すれば、深刻な病床不足に陥る恐れもでてくる。

 同省では、成果方式を採り入れることで、各病院の積極的な取り組みを促し、回復期リハビリ病床(昨年7月現在で約3万6000病床)の増加にもつながるとみている。自宅に戻れる患者を増え、在宅医療が進めば、医療費抑制につながるとの思惑もある。

【用語解説】診療報酬

 公的医療保険が適用される治療や調剤などの公定価格。診療行為や薬品ごとに細かく診療報酬点数(1点=10円)が定められている。回復期リハビリ病棟入院料の診療報酬点数は1日1680点。診療報酬改定はほぼ2年に1度で、次回は平成20年度の予定。全体の改定率は政府が予算編成過程で決め、個別の点数は厚生労働相の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)が政府の医療政策に基づき決める。診療報酬の対象から外れた医療行為は「自由診療」扱いとなり全額患者の自己負担になる。

--以下コメント

いち早くこの記事を取り上げた脳外科医見習いさんのブログに書き込みをしましたが、またもや医療現場に成果主義の導入ということとなります。私はこの方針に反対いたします。

「成果主義」。もはや「経費削減」の言い換え語彙でしかないこの言葉ですが、これを医療の現場に持ち込むことの危険を考えます。一義的に成果を求められるのは医者やPT, OTといった現場スタッフということになると思いますが、実際に成果を出さなければならないのは病に苦しむ患者さんということになります。その負担に対する配慮が感じられない方針に危うさを感じます。

また、その「成果」を「回復」に求めるのがこの方針の趣旨ですが、「回復」ではなく「維持」もリハビリの大事な役割であるということは、日数制限に対する反対運動の際にも強く訴えられました。「回復」に報酬をまわすことは、必然的に「維持」を削るという方針が張り付いてきます。これは考え方の根本が間違っています。それに、「回復」が実感できる前に日数制限に引っかかってリハビリが打ち切られてしまう人が多いのではないでしょうか。ということは、記事にあるように、「回復」効果の出やすい患者ばかり優遇する=受け入れ拒否といった事態があちこちで頻発するでしょう。

なにより、リハビリテーションの理念は「人間性の回復」にあります。それすら成果を求め、市場化する発想は危険であると感じます。この行き過ぎた市場化は小泉政権の行った意識構造の改革であったと思いますが、やみくもに成果主義=市場化の対象を広げたところに問題があったのではないでしょうか。ちなみに安倍晋三首相も「美しい国へ」のなかで「福祉の自己責任化」を求めています。その方向性は現政権も引き継いでいるわけです。

私たちは、この社会における経済を「効率」というフローだけではなく、「蓄積」という「バランス」で考えなければいけないと考えます。私が思うに、リハビリという行為は「効率というフロー」ではなく人間の現在と未来における「蓄積というバランス」そのものだからです。
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2007.08.22 *Wed

震災の傷痕は輪島の灯籠~がんばる能登紀行(4)

奥能登から外浦を経由して輪島へ向かうと、徐々に震災の傷痕が目立ってきました。

このルートでのお立ち寄りポイントは、北前船の往時を偲ばせる庄屋の館。
有名なのは時国家です。

江戸時代、日本海側は北前船の流通で大いに栄えました。網野善彦さんの著書で知ったのですが、能登は米の石高が低く、貧困に喘いでいたのかと思いきや、実は北前船で栄華を極めていたという歴史があります。

江戸時代に新潟が江戸と競う大都市であったことはこの交易を無縁ではないと思われます。北前船は、北海道でニシンを積み、秋田や山形で紅花を積み、と価値の高いものを運びました。京都や会津でニシンの入った蕎麦や山椒漬が名物だったり、加賀や京都で友禅染が栄えたこと、北海道のアイヌの人たちの服飾品が京都のお寺の廃材だったりするのはそのためでしょう。(このことはいずれきちんと書きたいと思います)

時国家は以前行ったことがあるので、今回は南惣美術館へ行きました。
http://www.wajima.gr.jp/nansou/index.htm
ここもかつての庄屋の館。
ここの栄華はすさまじく、すでに鎌倉時代の文献には名が見えるそうです。庄屋とはいっても北前船貿易の親方であるため総合商社的性格を持っており、「家札」(務める人たちが使うお金。もちろん換金可能)さえ発行していたそうです。応挙や柿右衛門、あるいは古筆切といった所蔵品もすばらしいものでしたが、こういう品物もおそらく武家や公家に金を貸したカタに取ったものではなかったかと。

ここのなまこ壁。ピンぼけご容赦。
美術館の壁も落ちた。


ここのお宅の方と話をしましたが、この建物は半壊の認定を受けたそうです。このなまこ壁は全部剥落し、自費で修理したそうです。美術品もだいぶひっくり返ったりしたんだそうです。

輪島へむかう道の崖崩れ。怖!
崖崩れ復旧中!


輪島市の重蔵神社。石灯籠が…。

灯籠台座

灯籠の柱

頭のない灯籠


能登震災での唯一の犠牲者の方は灯籠の下敷きになったのでした。この状況、復旧が遅れているというより、もう灯籠を組み立てる気になれないということなのではないでしょうか。

重蔵神社の屋根


拡大してみていただければわかると思いますが、屋根の瓦に新しいところがあります。

輪島の復興は素早い。朝市も行われており(私たちは行った時間が遅く、もう終わっていたorz)、賑やかさを取り戻したようです。

蕎麦屋さん「やぶ本店」のサラダ蕎麦。能登牛乗っかってます!
能登牛の乗ったお蕎麦。美味でした。

おいしかった。これで昨夜の能登牛の恨みを晴らしました。

北前船の時代ではない今日、観光は能登の大きな産業です。
多くの人が観光に足を運ぶことが、復興につながると思います。
少なくとも観光施設、道路は旧に復しています。
ぜひ行ってみてください。


■ダイコクブログ。がんばる能登紀行。
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2007.08.21 *Tue

能登の味覚は潮の味~がんばる能登紀行(3)

珠洲とその周辺その2。ちりんちりん。

今回の旅行でたいへん役に立ったガイドブックが、「ぶらり能登ガイドブック」。
http://www.notohantou.net/other/guide_naiyou.html
あちこちでスタンプを押してもらえ、それで懸賞に応募できます。それから、立ち寄りポイントでおみやげももらえたりと、たいへんお得なパンフレット。しかも行政がやっているので無料。

能登町宇出津の中保煎餅店で、潮せんべいを買いました。
潮せんべいは南部せんべいともちょっと違う風味。

ぱっと見、こぶりな南部せんべいというところですが、ちょっと風味が違います。
http://www.groovy-net.co.jp/oishii/img01award/005nakaho.html

上記のガイドによると、本店にいくと焼きたて一枚プレゼントということでしたが、実際に行くと「焼きたてがないので…」ということで、いろんな種類の潮せんべいをくれました。その数なんと十数枚。若い女性(ご主人のお嬢さんのようです)が対応してくれましたが、ブルーベリー風味など、新しい味も工夫していました。ご主人とも話をしましたが、自らの仕事に誇りを持っているようすで、80年以上前から使う機械について自慢をしてくれました。

塩といえば能登は塩田が有名です。
2箇所立ち寄りました。

まずは新海塩産業。
http://www.suzutennen-shio.jp/

ここの塩は塩田ではなく、すだれ方式です。
すだれ

くみ上げた海水をスプリンクラーでスダレに振りかけ、蒸発を促して濃度を高めます。
この濃縮海水を大鍋でゆっくり煮詰めます。
大鍋


塩を煮る煙立つ


この過程で、こんなきれいな結晶もできます。

塩のぴらみっと


お店では、コーヒーやお茶、スイカを食べさせてもらいました。
コーヒーに微量の塩を入れると旨みが増すということです。
前述のガイドブックを提示するとおみやげに塩をくれました。実は別の場所でももらったので、今はちょっとした塩長者です。

道路を走っていると、塩田もありました。
塩田


そして有名な千枚田。
なんまいだ~せんまいだ~


能登の人の米作りにかける努力と叡智に感動しました。

能登の米作りといえば、海沿いのぎりぎりまで田んぼがあるのにも驚きます。集落も海沿いに広がります。

珠洲の集落


能登の恵みは塩と米。そして魚、と食の基本がしっかりできているのです。
ひまわり


最後にゴジラ岩。
ゴジラ松井は石川観光大使。



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そういえばゴジラ松井は石川観光大使を務めており、能登キャンペーンにも一役買っているようです。
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2007.08.20 *Mon

奥能登・珠洲は珠洲しくなかった~がんばる能登紀行(2)

駄洒落で涼をお届けしているダイコクブログ能登紀行。
今回は珠洲編です。

珠洲は能登半島の突端に位置する市。
突端まで行ってみたいという妻の希望で宿を取り、行ってきました。

能登有料道路は能登半島の大動脈です。途中までこれで行きます。
能登有料道路の復興の様子


大きく崩れた場所


能登有料道路は能登半島地震で8箇所が崩れ、現在復旧中。地元の人たちと話をしたときに聴いたことは、GWまでには仮設の迂回路を設けた迅速さに対する感謝と、道路の意外なもろさでした。観光シーズンに間に合わせようと言う行政の努力はたいしたものですが、古い街道はまったく無傷だったということで、無理して作った道路の地盤のもろさもまた露呈したように思います。

宿泊先は「灯りの宿・まつだ荘」。
これもあとで地元の人と話をしたら、非常に評価の高い民宿でした。
http://www17.plala.or.jp/matsudasou/

夕ご飯。写真のカラーバランスが…。
まつだ荘の夕ご飯

左上の魚はアジでした。これは塩焼きではなく、醤油とみりんかなにかの汁に漬けて焼いたもの。これが風味があって白身が柔らかく焼けておいしい。旅館の塩焼きって早めに焼くから堅くなりがちなので、これはおいしい工夫です。右上の、ユウガオの煮付けもおいしかった。

夕食は刺身も付きます。

刺身はこれで二人前。予約時にプラスαを頼めば、舟盛り、能登牛の炭火焼き、岩ガキといった名産も食べられます。周囲の多くの人は能登牛や岩ガキ(能登のカキは夏が旬)をほおばっていて後悔もありましたが、おなかはいっぱいになりました。

今度は朝ご飯。
世にも正しき宿の朝ご飯


これで夏休みの特別料金で8400円。ふだんは7350円だそうです。安いでしょ。

女将曰く、地震ではこのあたりもだいぶ揺れたそうです。それでもとくに被害はなかったし、いまはこんなふうに普通にやっているとのこと。能登は元気でやっているので、どんどん観光に来てほしいとおっしゃってました。


お次は須須神社。

須須神社


ここは古い社殿が傷んだそうで、寄付のお願いがありました。
寄付のお願い。

建設会社の見積書が掲示してあるところに切実さを感じます。

これは夏祭りに使う「キリコ」を入れてあるようです。高!
能登の夏はきりこの祭り。


キリコってこれです。
http://www.hot-ishikawa.jp/page/kiriko/

奥能登の街並みは黒い屋根瓦が特徴的です。
高台より望む



能登半島の突端には灯台があります。狼煙灯台。
北前船の時代には狼煙(のろし)で用を足していたのでしょうか。

狼煙灯台

明治時代の建物はいまだ現役。

狼煙灯台より突端部


狼煙灯台からの遠望


う~ん、はるばる遠くまで来たもんだ。


■ダイコクブログ。がんばる能登紀行。
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 http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-204.html
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2007.08.19 *Sun

嗚呼、愛しの汽車ポッポ~がんばる能登紀行(1)

お暑うございます。

妻の実家である石川県に帰省の為、ブログ更新をしばらくお休みしていました。

「能登へ行く」と書き込みをしたら、白頭庵さんに能登のいまを紹介してほしいとリクエストを受けました。2007年3月25日の能登半島地震は当初おおきくメディアで報道されましたが、最近は中越沖地震があったこともあり、復興の様子はあまり報道されていないように感じます。また、復興の様子が伝わらないことによる風評被害もあるようです。私にできるのはせめて義援金を少々と、旅先に選んで、復興にがんばっている能登の様子の一端をお知らせすることくらいかなと考え、旅行記にまとめる次第です。

北陸線は普通電車が少ない。


金沢駅から妻の実家へ行く為に乗った北陸線にも、「元気宣言能登」という看板が。
北陸線は昔から特急電車が多く、そのぶん普通列車が少ないのです。そのぶん、なんか古懐かしい電車が現役です。こんなのも。

中身が寝台車くさい。


電車の車両についてはよく分からないのですが、これなんかは中身が寝台車っぽいのです。
天井がベッド?

天井がベッド?


あ、ちなみに能登へは自家用車で行きました。のと鉄道能登線は2005年3月いっぱいで廃止されています。ほら。

能登の電車が保存?


珠洲近くの線路上にぽつんと保存されていました。周囲は開発しようとしている様子。

線路寸断!


しかし道路を建設する為に線路が寸断。

立ち入り禁止でおま。


立ち入り禁止です。はやく遊べるようになれればいいですね。


■ダイコクブログ。がんばる能登紀行。
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2007.08.11 *Sat

朝崎郁恵「おぼくり」~暑い夏に〈効く〉CD(その1)

残暑お見舞い申し上げます。

それにしても想像を絶する暑さです。せめてクーラーの効いた部屋で、いい音楽に耳を傾けて涼をかんじたいもんです。じゃあなんかいいCDあるかな、と思ってHMVやタワレコのサイトをのぞくのはよいのですが、まちがっても「ショスタコーヴィチ」とか「ペンデレツキ」といった購入ボタンをクリックしてはいけません。室温が過剰に上がることになります。

そこで何枚かおすすめCDをご紹介したいと思います。
本日の1枚はこれ!

朝崎郁恵「おぼくり」です。

おぼくり


朝崎郁恵さんは奄美出身の、島歌の歌手の方。いわゆる「おばあ」です(失礼)
http://www.asazakiikue.com/
http://www.asazakiikue.com/blog/

同じ奄美出身の歌手に元ちとせさんがいますが、彼女と発声、というかビブラートがよく似ています。沖縄ともまたちがう特有のビブラートです。これは真似ができません。この声がたまらない魅力です。ジャズピアノをベースにした編曲に乗る彼女の歌声を聴いた瞬間、涙が止まらなくなったという人がいます。哀切な歌声です。


ところでこのCDには「十九の春」という曲が入っています。
ここで試聴できます。http://www.hmv.co.jp/product/detail/1090658

この曲がアメリカ統治下の沖縄で歌われた歌であることは知っていましたが、先日、川井竜介『「十九の春」を探して』(講談社)を読み、さまざまに深く認識することができました。この歌がどのように歌い継がれ、時代時代の風俗を取り込みながらいまの歌詞が生成されていったか。スリリングなルポルタージュです。

朝崎郁恵の「十九の春」は掛け値ぬきですばらしい。こんなに悲しい曲だったのか、と認識を新たにすることでしょう。これを聴くだけでこのアルバムを買った元は取れているのですが、このアルバム、なかなかに問題含みなアルバムです。

このアルバムには「十九の春」の元歌ともいわれる「嘉義丸のうた」も入っています。これは、奄美にむかう途中でアメリカの潜水艦に撃沈された民間船の悲劇を歌った歌で、その悲劇を目の当たりにした奄美の人たちの間でやはり自然発生的に作られていった歌であるそうです。

これも『「十九の春」を探して』に詳述されていることですが、太平洋戦争時に一番危険な任務に就いていたのは実は徴用された民間船であったという事実があります。太平洋戦争で戦没した海軍軍人の割合は20%弱、それに対して国家総動員で徴用された民間船乗組員の戦没者の割合は40%に達するそうです。

「十九の春」の話に戻すと、どうやらメロディの方は明治期の関西で歌われた歌が時代を経て海を渡り、歌詞の方は即興で変えられていくうちに戦後占領下の沖縄でいまの形になったようです。それを田端義夫さんが歌って本土で定着したということだそうです。今でも歌詞は沖縄各地で微妙に違うのだそうです。

「十九の春」の歌詞の五番に、

 主(ぬし)さん主さんと呼んだとて
 主さんにゃ立派な方がある
 いくら主さんと呼んだとて
 一生忘れぬ片思い

という歌詞があります。

「「十九の春」を求めて」によれば、沖縄では、この「主さん」が日本、「立派な方」がアメリカ、そしてこれを歌う私が沖縄だという解釈があるのだそうです。日本は戦勝国アメリカに対して沖縄を人質に差し出したわけです。しかし沖縄はアメリカの苛烈な占領植民下で日本に帰属することを求め、辛く長い時を耐えました。この思いに、惚れられた日本はいまなお冷淡です。日本はいまだに沖縄に対して重い負担を強いているからです。

「いくさ世どでぬむ 誰ゆ恨みゆが 生し子むい育て 肝に染みり」

占領下のコザ(現・沖縄市)で米兵の売春婦として生きる女性のために尽力した島マスさんが、子供を育てるために売春して生きざるをえないある女性のために書き残した琉歌の一節にこんなのがあるんだそうです。こんな一節も『「十九の春」を探して」で知りました。

そんな戦後62年の夏の思いを、聴いてみて頂ければと思います。


ちなみにこのアルバムには、放送禁止歌になっていた「竹田の子守歌」も入っています。この放送禁止歌については、森達也『放送禁止歌』(知恵の森文庫)で学ぶことができます。

哀切な歌声に、深い問題意識を秘めた、よいアルバムだと思います。おすすめ。
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2007.08.09 *Thu

法律の作り方~リハビリ日数制限撤廃法案のために

非常勤講師の楽しみは、他領域の研究者と控え室で仲間になってお互いに刺激し合えるところにあると思います。当ブログ常連の白頭庵さんは、そういうおひとりです。

CG大は法経の大学ですが、そこでお近づきになった友人にkemさんという方がいらっしゃいます(よくコメントを下さるkenさんとは違う方です)。彼とはリハビリ問題についてよく話し、多田富雄さんの御論文を読んで頂いたりして、いろいろ意見交換をしている仲間です。

で、彼は法律の専門家ですから、先日「医療破壊・診療報酬制度・介護保険問題を考える」で提起された「リハビリ日数制限撤廃法案を出せないか」ということについてご意見を伺いました。

※「医療破壊・診療報酬制度・介護保険問題を考える」の該当記事
http://blog.goo.ne.jp/rehakaitei/e/acc83ea80072f23d0bca7caa14619a9b

お忙しいさなかですが、kemさんの下さったお返事を公開いたします。
参考になりますでしょうか。

--以下お返事。

法律の作り方ですが、いわゆる通常の手続きを経た場合
成立まで10年かかるといわれています。
関係各省庁間での意見の摺り合わせや、法律文そのものを作成するのに
そのくらいの時間がかかってしまうようです。

しかし、最近ではいわゆる議員立法という制度が活用され
比較的迅速に法律が作られるようになっています。
その制度の詳細はwikiあたりで検索してみてください。


※ wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AD%B0%E5%93%A1%E7%AB%8B%E6%B3%95

議員立法には一定数の議員の賛同が必要ですので
必然的に自民、民主党の議員に発案者となってもらう必要がありそうです。
先の選挙で東京選挙区から当選した民主党、鈴木寛氏は
http://suzukan.net/manifesto_6.html
以上の様に当該問題解決をマニフェストにしておりますので
最適かもしれません。


--

鈴木寛さんに限らず、この問題に関しては本年3月10日の「これからのリハビリを考える市民の集い」に参加いただいた議員さんを中心に、働きかけを行うことが必要だな、という感想を持ちました。国会議員は後生に名の残る仕事を欲します。法律が改正されれば次の選挙の実績になるわけです。議員立法、有力な手段かもしれません。いまの政局下で仮にそれが政争の具になったとしても、世論を喚起できるので結局は得策だと思います。

追記:
今回の参院選でリハビリ日数制限撤廃を口にした野党の議員にメールを出して声を届けるというのも側面支援としていい手かもしれませんね。共産党の小池晃さんあたりもこの問題に対しては積極的に国会で働いてましたし。今度、野党系の議員メールをまとめてみようかな。

追記2:
参議院法制局
http://houseikyoku.sangiin.go.jp/index.htm

追記3:ときどきつけてるまとめ文

リハビリ難民問題(リハビリ日数制限問題とも)とは…。

昨年4月の診療報酬改定で、医療のリハビリを一律180日(病気の種類によってはもっと早く)で打ち切るという改定を厚生労働省が行いました。患者さんの病状の個別性をまったく無視したこの施策により、必要なリハビリを受けられない人(リハビリ難民)が大勢出ました。この現状を打開すべく、署名活動を中心とした活動が行われ、最終的に署名は48万人を超えました。これによって厚労省はこの4月にいっけん「緩和」とみえる措置を取りましたが、実はこの「緩和」措置では多くのリハビリ難民を生む構造はほとんど改善されておらず、いまもまともなリハビリが受けられずに苦しんでおられる方がたくさんいます。


※リハビリ難民問題については、多田富雄「厚労省リハビリ利権は醜い」(「文藝春秋」2007年7月号)をご一読ください。ことの本質が極めて簡潔に論じられております。

ついでに私の駄文の数々。
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-category-13.html
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2007.08.06 *Mon

参院から、リハビリ日数制限撤廃法案の提出

ブログ「医療破壊・診療報酬制度・介護保険問題を考える」に次のような提案がありました。

http://blog.goo.ne.jp/rehakaitei/e/acc83ea80072f23d0bca7caa14619a9b

> 法案提出に関しましては、現在全く知識がなく、これから急遽勉強しますが、
> チャンス到来ではないでしょうか?
> それは、「参議院から、リハビリテーション日数制限撤廃の法案を提出する」
> という方策です。もしも可能であれば、実に大変なことになるのではと思わ
> れます。議場で、この法案にまともに反対できる議員はかなり勇気が必要に
> なります。既に、野党の議員は賛成してくれることは分かっています。
> 皆さん、できるかどうか分かりませんが、ぜひ考えて見ましょう。

という提案です。これは相当に実現できれば相当に有効な手段ではないでしょうか。

ここでも以前紹介したように、参議院で現在多数となっている野党は軒並みリハビリの日数制限に対して撤廃の方針を掲げています。まさにチャンス到来です。
http://daikokukinkin.blog59.fc2.com/blog-entry-181.html


上記の方はご自身で国会上程の勉強をなさると言うことですが、これはおひとりの力ではなかなか難しいことと思います。署名がそうであったように、多くの人の力が結集することを願ってやみません。

…というと人ごとのようですが、素人の私にも何かできることはないかな、と考えます。とりあえず記事にして賛意を示すのもそのひとつかな、と。


でもこれ成功して参議院で可決となったら、まさに与野党逆転のメリットと言うことになります。世の中が動くように国民が国会を利用するチャンスが芽生えたわけですね。今の状況を有効活用というのは大賛成です。「医療破壊・診療報酬制度・介護保険問題を考える」やここのコメント欄にいろんなアイデアや手段を寄せていただけるとうれしいです。
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2007.08.05 *Sun

暑い夏にはレストラン・ベンベラのトマトラーメン

どうもこうも暑いです。本日牛久は36度。

そんな日にトマトラーメンなんてどうでしょ。

つくばのベンベラというお店のトマトラーメンです。

お昼のランチ


お昼のランチは780円でごはんとちょっとしたおかずが付きます。
けっこうお腹一杯です。

ラーメンの中身はこんなです。

ラーメンの中身は…


つくば産トマトをふんだんに入れているとかで、みずみずしい味わいでした。


■レストラン・ベンベラ
 つくば市竹園2丁目6-1
 http://www.ben-bella.com/
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2007.08.04 *Sat

赤と青、ふたりのぼんぼんがけじめを付けた日のこと

8月1日、梅雨明けのこの日にふたりのぼんぼんがけじめを付けることとなりました。
言うまでもなく、赤城徳彦・前農林水産大臣と横綱・朝青龍のふたりです。


まず赤城徳彦前大臣。

彼はみるからにひよわなお坊っちゃんの印象。お坊ちゃんの特徴の一つに、乳母日傘で育てられているために自分で自分のけじめが付かないと言うことがあるような気がします。

事務所費の問題というのもそういうことなんだと思うのですが、辞めるときも「自民党が選挙に負ける原因になったから」責任を取って辞めるのだといってました。あまりに内向きな理由です。事務所費の問題は辞める理由ではなかったのね。国民に対して謝る回路がないのはお坊ちゃんにしてもあまりに痛いと思いました。これは久間・前防衛大臣のときもそうでした。

自民党が選挙に負けたのは、この内向きというか「どんだけ~!」的な高慢ちきな態度故だったのではないでしょうか。二世三世議員の中には「電車の切符も買えないバカ」(舛添要一談)がいるということですが、それでも赤城さんは「責任を取るということは辞めると言うこと」と身を以て知っただけ、安倍晋三氏よりは首相の資質を備えているといえるでしょう。


一方の朝青龍関。

彼がわかってないな、ぼんぼんだな、と思ったのは、もう自分は一人横綱ではないと言うこと。一人っ子だから許されるワガママというのはあって、どうしょもないドラ息子でも一人っ子はかわいいんだろうな、というのは田舎の議員の息子見てるとよくわかります。

残念というかなんというか、いま親である相撲協会の愛情は新横綱と新大関という生まれたての弟に向いています。苦手の兄ちゃん謹慎中に三河産の弟が横綱に昇進してくれれば言うことなし、ということになります。そして、ここで謹慎2場所という厳しい処分を下すのは「監督責任を問う」という今のメディア状況にも叶っているわけです。ドラ息子を一喝したことによって大相撲自体はかえって権威を増すはずです。


それにしても、「相撲は国技だから」というテレビの論調は再検討の余地があると私は思っています。相撲を国技と名付けたのは江見水蔭で、これは相撲場の命名によってなのでいわば「自称・国技」なのです。時期は明治末なので、日露戦争後に対米意識の芽生えたナショナリズムの高揚期でした。だから、朝青龍の一件にまだお腹立ちの方々は大相撲を民間の興業だと思えばよろしいと思います(実際に法人ですしね)。

アプリオリに「国技」だと思うからやれ外国人力士が、とか横綱の品位が、とかいう話になるんで、むしろ外国人力士が土俵を席巻してくれた方が「国技」という自己定義は補強できるわけです。「尊皇攘夷」とか「黒船襲来」とかそんな四文字熟語もありました。この言葉が出てきた時期に、日本人は「日本人」に目覚めたわけです。


伝統を創造し、その伝統に当てはまらない人間を糾弾することによってもナショナルなものは増幅されていく。自分はけじめを付けずに弟分の実名晒して「責任を痛感する」という言葉だけ知ってる首相も、それを狙ってるのかもしれません。

斯くして、アンシャン・レジームが確立された。。。

などということのありませんように。

※もう一回くらい書きます。
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2007.08.03 *Fri

築地のおみやげ

築地の場外市場でいろいろお買い物して晩ご飯にしました。

○おみやげその1。
いささかグロいマグロ

いささかグロいマグロのカマ。茹でてポン酢で食べます。

○その2。
玉子焼き

玉子焼き。アニー伊藤の店のではありません。

○その3.

ちりめん

御飯の上に載っけたちりめんじゃこ。わしわしとかっくらいます。
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プロフィール

キンキン@ダイコク堂

Author:キンキン@ダイコク堂
ブンガク。
オンガク。
ケンケンガクガク。
↑意図的な誤用(嘘w)

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