■プロフィール

キンキン@ダイコク堂

Author:キンキン@ダイコク堂
ブンガク。
オンガク。
ケンケンガクガク。
↑意図的な誤用(嘘w)

ご用の際は
daikokuあっとまーくinter7.jp
(あっとまーくは記号で)
までどうぞ。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー
■FC2カウンター

■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■Powered By FC2ブログ
なんとなく夏らしく。
kenさんにおだてられてお調子に乗ってしまったので、なんとなく夏向きな写真を集めてみました。ようは28〜29日の東京写真です。
花火の爆発?

隅田川花火大会の最後はかなり派手でした。もう単なる爆発です(笑)

浅草金寿司

翌日(昨日)はウナギ屋を求めて浅草をうろつきました。考えてみれば浅草は隅田川の岸辺ですから、安いウナギを食わせるというのは昔は理にかなっていたのかなあ。これは金寿司の店先。このあと大雨。

サンシャイン水族館にて

サンシャイン水族館にて。

夕方の巣鴨

夕方の巣鴨地蔵通りのスナップ。写真は撮りませんでしたが、大通りの方の千成屋の店内で食べられるあんみつはおいしかった。

最後にもういっちょ花火。手持ちで撮ったので火花へなへなです。

花火よく見える宿から


泊まった宿はニューホテルバンドンというあまりにしぶいホテル。二人で6000円でした。ちなみに室内はこんなです。
ダイヤル電話がなつかしい。

ダイヤル電話がなつかしい。

宿の屋上は物干し竿に洗濯物いっぱいで、宿のご家族といっしょにみてました。
「ヒュー!」と音を鳴らせる花火が多かったですが、それを聞いていて、実家のご近所のおばあちゃんが「花火の音は空襲を思い出すので嫌い」と言っていたことを思い出しました。


本日の牛久は大雨、気温20度くらい。なるほどまだ夏ではないのだなあ。

ケンガク/アレコレ | 20:59:01 | Trackback(0) | Comments(7)
築地「豊ちゃん」でアタマを食らう
台風のひどかった土曜日のこと、築地に行ってきました。
豊ちゃん

お昼ごはんはこの「豊ちゃん」でした。

「豊ちゃん」はB級グルメで有名なお店です。私は東海林さだおのエッセイでこれを知りました。私は有名なアタマライス、妻はオムカレーを注文。

ここで画像を使うと記事にならない?

アタマとはカツ丼のうわもののことです。

おむかれ

このオムレツがふんわりとおいしかった。

「豊ちゃん」はリクエストの店で、東海林さだおの本に寄れば「オムノッケカレーちょいがけ」は「皿に盛ったゴハンの上に、オムレツをのせ、さらにその上にカレーをちょっとだけかけてくれ」の意味で、「オムノッケカツハヤシサラダ」は「ゴハンの上にオムレツとカツをのせ、その上にハヤシをかけてサラダを添えてくれ」という意味、「ドミヌキ」はメンチカツをソースで食べたいのでドミグラスソースをかけないでくれ、という意味だそうです。略語隠語で商売をする市場らしいなと感じました。

築地1


カウンターより外を望む、の図。反対向きはこうです。

豊ちゃん2


店員さんが実に機敏かつ楽しげに仕事をしており、その内容も融通無碍に切り替わっていくのに感心しました。オシム監督が目指すサッカーというのはこういうものかもしれません。ほんまかいな。東海林さだおはエッセイの最後を、「日本政府は、こういう人を、どういうカタチでおいいから、なんらかのカタチで表彰してやってほしい」と締めていますが、ほんとです。

ちなみに、並びには吉野家があり、ここもリクエストの店です。「つゆだく」とか「ネギ抜き」といったリクエストはここが発祥だとか。吉野家なのに午後1時に閉店するところが市場らしいなと。


そのまま場外市場を見物、テリー伊藤のお兄さんをみたりして、銀座に向かいました。

銀座立田野で注文した甘味。
上はきなこかき氷、下は3点セットです。たしかにおいしいけど、微妙に高かった。昨日は巣鴨駅前の千成屋のあんみつ食べました。千成の方があんこが好み。

甘味


ケンガク/アレコレ | 19:38:45 | Trackback(1) | Comments(2)
敗因は「年金」や「大臣の失言」だったのか。
参議院選挙が終わって、当選者もほぼ出そろったようです。

今回の与党惨敗の原因に関しては、これから多くのメディアや識者によってさまざまな分析がなされるだろうと思います。私はしょせん素人ですから、根拠なく感想を記そうと思います。

いまテレビ見てますと「年金」「大臣の失言」といった問題が取りざたされているようですが、私の印象では、それは言葉に表れた不信感であって、明文化されない不信感というものが、とくに安倍晋三という人に対してあるように思います。

それは、安倍晋三という人のある種の得体の知れなさ、というか、宗教的な「なにか」にあると考えています。彼はまず首相に就任する前から「靖国に参拝したかしないかを公にしない」ということを述べました。小泉前首相の場合はおおっぴらに靖国参拝を果たし、内外から批判を浴びましたが、それによって議論を喚起した。それは言論の自由にとって意味のある結果をもたらしたのだと私は思っています。しかし、「行ったか行かないかを公にしない」ということは他者による論評や議論を封殺する。そして、余人に計り知れないなにかを抱え込んでいるようにみえる。

同様な「余人に計り知れないなにか」を感じさせることが「美しい国」という彼のキャッチフレーズにありました。いま、「これも「美しい国」ですか?」という形で逆説的に用いられる場合も多い「美しい国」という言葉ですが、「美しい」という言葉が評価の語である以上、そこには評価の尺度と、評価の主体が必要とされます。そこを明示しないキャッチフレーズは政治家の言葉としてはなはだ稚拙、というのが通り相場ですが、むしろ私には「余人に計り知れないなにか」を尺度としているように見えます。「戦後レジーム」という言葉もそうです。「戦後レジーム」が日本国憲法を指すのか、日米安保体制を指すのか、非核三原則を指すのか、まったく余人には理解できないまま言葉は踊っていきました。

その一方、周囲を身内(しかもおじいさんの時代からの身内)で固め、彼らが不祥事や失言を起こすと彼らをかばい、責任を問わないという姿勢をとり続けたこと。そして選挙に際しての自らの責任ラインを示さなかったこと。これらが「余人に計り知れないなにか」を増幅させていったのではないでしょうか。私思うに、もし「○○議席とれなければ辞める」と明言していたら、もうすこし票は伸びたでしょう。

そして今日、ついに「責任は痛感するがやめない」という発言に至ります。「謙虚に耳を傾けるべきは傾け、私の目指す国造りの為に努力したい」という「私の目指す国」、もっといえば「私」の内実は不明なまま、言葉は踊り、彼はどんな批判にも態度で示すことなく首相をつづけるのだろうと思います。そしてこれを与党の多くの政治家が支えようとしていることに、「余人に計り知れないなにか」を共有している層は政権の中に確実に存在しており、彼らは「余人に計り知られること」のないよう、物事を進めているのではないか、と不信感は募ります。会期末に強行採決を連発したこともその印象を深めます。つまり、議論・批判を封殺して余人に計り知れない尺度で物事を推し進めた、という印象が広まっていた。

そこに、安倍晋三という人のかかえこんだ「宗教的」といってよいなにかがあるのではないか。

というとオカルトじみますが、「暖簾に腕押し」、ぬらりひょんな印象の裏に、なにかがあるのではないか、と感じさせるところに、大きな不信の根はあると思った次第です。今度は「なぜ辞めさせることが出来ないのか」という計り知れない疑問を感じさせつつ、明日以降も政権は運営されていくのでしょう。実に安倍晋三という人らしい選挙結果となりました。

ケンケンナントカ | 01:45:25 | Trackback(1) | Comments(2)