投稿日:2006-05-18 Thu
ルガンスキーを(スヴェンセンを、ではないw)聴きに行く前に、銀座で展覧会をみてきました。タイトルはユニット展「7つの音楽」。
中心メンバーである画家の藤田俊哉氏のおさそいを受けて、オープニングパーティにのこのこ出掛けました。コンサート前に軽く腹ごしらえができればいいな、という実に意地汚い発想w実際には薦められたワインがおいしく、下戸なのに良い気分になってコンサートに出掛けました。よいアペリチフになりました(^_^)
テーマとしては、7名のメンバーがそれぞれお気に入りの一曲を選び、色彩とモノクロ一枚ずつを競作するというもの。藤田氏はグールドの弾くバッハ「ゴルドベルク変奏曲」を選んでおりましたが、武満徹「海へ」やジョン・レノンの「イマジン」などをモチーフにした作品が展示されていました。なかには「おお牧場はみどり」なんて人もいました。サイズも約30×30センチ、すなわちLPレコードのサイズであります。
私はオンガクとブンガクの接点に興味があります。
言葉を通して感情(やそれ以外のもろもろ)を表現する文学と、音を通して感情(やそれ以外のもろもろ)を表現する音楽と。古来、文学は音楽の素材となり、音楽は文学の素材となってきました。両者はさまざまに違う部分がありますが、ともにある種の言語性があり(楽譜も言語の一種でしょう)、それゆえ時間の経過に縛られた芸術であることに共通点があります。
一方、絵画は平面に縛られた芸術です。
直接、絵画に時間を組み込むとアニメーションになりますね。
絵画の中に文字が挿入されることは稀ですし、その稀な例は私たちにあえて違和感を与えることを意図しています。言語性は、イコノロジー的な比喩や、神話伝承など多くの人が知っている「物語」を借りて(つまりは言語性を文学に借りて)表現されます。要は、ジャンルの制約として、基本的に時間は絵画から排除されています。
絵画と音楽をコラボさせるにあたっては、その限界を乗り越えるためにいろいろなテクニックが用いられることになるでしょう。
たとえば、今回の展示で藤田氏は、ルネサンスの肖像画とバロックの静物をコラージュすることで美術史の創りだした「時間」を作品に挿入しています。そして、全体の構図としては十字架を彷彿とする構成を取っています。それは教会音楽家で、「マタイ」「ヨハネ」の受難曲で知られる「バッハ」の精神性を表象しているといえるでしょう。
そしてさらに楽譜をコラージュしています。しかし、この楽譜はどうみても右手が旋律、左手が伴奏に分けられた子供向けの練習曲で、バッハではありません。つまり、全体の構図や古典絵画のコラージュにおいてはバッハに通じる言語性を表現する一方で、より言語性が高く、この絵のなかでもっとも音楽に近い楽譜においてはバッハを裏切るという、興味深い遊びを試みていました。
その他、武満の「海へ」を選んだ人の絵は、波形の抽象画なのですが、それが武満の音楽を介して海の具象画にも見えるというおもしろい体験をしました。シンセを使ったジャズっぽいテクノをテーマに選んだ人の絵は、(緑色が基調なのに)私には脈動する心臓に見えました。作者本人に言ったら驚かれましたが(たぶん呆れたんでしょう(^_^;))。
私に藤田さんを紹介してくださったtatsuさんはまた別の感想をお持ちのようですが、私には楽しい体験でした。そんな体験をして心浮き立ったため、私は飲めないワインを飲み、ごきげんになって文化会館に向かったのでありました。
○グループ展「7つの音楽」
現在開催中、25日まで(21日休廊)。入場無料
ギャラリー・セイコウドウ
※ セイコウドウは、銀座通りの京橋寄り、テアトル銀座近くのコージーコーナーの
隣のビル。細い階段を上ってからエレベーターに乗ってください。5Fです。
※2 この文章で絵のイメージが湧かないのは、私が言語によって絵画を表すという
ことの困難を読者に体験していただくために敢えてとった方法であって、けっ
して私の筆力に問題がある訳では以下略。
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