投稿日:2006-04-20 Thu
昨日の「看護学校で読む新明解」には同業の方々からコメントをいただきました。返事を兼ねて、とりとめなく付け加えておきます。
電子辞書の値段が高いのは、出版社が権利を売っているからですね。いまは紙の辞書を辞めて、データ(とその権利)だけで成り立っている辞書もかなりあります。この「辞書」は、電子辞書やパソコンのソフトとして、あるいはYAHOOや楽天と言ったポータルサイトのコンテンツとしてコンピューター上に存在します。バージョンアップができるとなるとDSとかPSPとかになっちゃいますね。まあ、大学生の4年くらいだと版が改まるほどの時間ではありませんから、持ってる人に対しては「とにかく使い倒せ!」と言っています。
大学という場所には学生個人のためのスペースはありません。机も小さく、じっくり勉強できる環境ではないなあと思うような教室も多いものです。また、電車に乗って遠距離通学の学生も多い。そんなことを考えると、電子辞書の小ささ軽さは捨てがたいですね。
今日も違う学校で辞書の引き方をやってきましたが、「年端のいかない」という語が分からない場合、電子辞書だとお手上げになってしまいます。これが紙辞書だと、「年」をヒントにして、「とし」のあたりを見渡してみつけることができます。1次元的辞書と2次元的辞書ということができるんじゃないかな、と思いました。
今日、同僚の方と話をしていてなるほど、と思ったのは、「電子辞書は教育を終えた人のための辞書」という表現でした。いろいろな解釈が可能ですが、含蓄あるなあと思いました。高校生用の電子辞書には英和と古語が載っている辞書があり、英語の先生は電子辞書推奨派にまわり、国語の先生は否定派が多いので生徒が混乱しているというお話しもうかがいました。日常レベルで外国語を学ぶときに要求される語釈や利便性と、表現や文学性に立ち向かう時に要求される語釈や解説は違うと言うことでもあるように思います。まあ、私は日本語の本も外国語読むようなつもりで、と言っていますから、その意味では電子辞書もノープロブレムです。
「新明解」で有名な「恋愛」の語釈ですが、「新明解」以外のほとんどの辞書は「男女のこいしたう感情」と表現しています。キモは「恋い慕う」の部分ですね。ところがこの「慕う」という言葉、「先生を慕う」「お慕い申し上げております」という使用例にみるように、どことなく上下関係が前提にある言葉です。この感覚、いささか古くさいというか、現代人の恋愛の実態、ないしはありうべき恋愛像とはだいぶずれてしまっているように思うのですが。いつまでも右へならへばっかりしてないでいろいろ世間の恋愛をみてよ!と思ってしまったことです。
それから、今度の「新明解」第6版からは、「合体したい」(第4版)とか「肉体的な一体感を得たい」(第5版)といった、性的な表現がなくなりました。メディア上でさんざんおもしろおかしく取り上げられたから懲りたのか、それとも「セックスから恋愛がはじまる」場合も珍しくないような現代の恋愛観(あるいは恋愛小説なんかのストーリー)を意識したのか?なんてことを考えてしまいました。だとすればこの削除にもやはり現代に対する批評性を認めることができるでしょう。
すげえアトランダムな段落構成。。。
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