投稿日:2006-03-26 Sun
タイトルが羊頭狗肉。第1回「中国茶と蓄音機の会」というつどいに参加してきました。企画者は東京成徳大学で日本文学を教えている蓄音機マニアのST氏。今度卒業するゼミ生の方が〈梶井基次郎と音楽〉というテーマでよい卒論を書かれたのを記念して、梶井が「器楽的幻覚」という作品の中でふれているピアニストの演奏をメインにしたプログラムでした。会場は船橋市の中国茶房「大可堂」というところ。船橋駅から歩いて数分のところにあります。いいお店ですよ。20人ほどが参加し、中国茶を飲みながらST氏の愛機(HMV model157 Mhahogany 1927〜30)に耳を傾けました。
ST氏は何かにつけてこだわり派の人なので、瀟洒なプログラムを用意しました。私は彼の依頼を受け、ライナーノートを執筆しました。クライスラー、ティボーといった往年の名演奏家たちについて数行ずつコメントを記した程度ですが、それを調べていていろんなことを考えました。2次会で、彼がベルリンオリンピックの際のヒトラーの演説の入ったSPをかけるというので、その前に私も演説させてもらいました。以下のような話です。
SP時代の演奏家の特徴として、現在の演奏に比べて非常にクセがあることが掲げられます。個性、あるいは彼らの受け継いできた慣習に基づく演奏法は、よかれあしかれきわめてローカルなものですが、それゆえにきわめて特徴的なものです。エルマンの演奏するチャイコフスキー/アンダンテ・カンタービレなど、ほとんどすべての音をテヌートでつないでいます。楽譜に忠実を旨とする今日ならばめったにない演奏です。
また、この時代の演奏家を語る上ではずせないもうひとつの特徴は、政治や戦争といった世界史の流れと無縁ではいられなかったという点にあるでしょう。今回のコンサートでは、メニューイン、カザルスといった演奏家、あるいはファリャといった作曲家が演奏されたのですが、彼らは一流の音楽家であると同時に、ナチスやフランコといったファシズムに異を唱え、己の良心に従って活動した一流の文化人でもありました。
第2次大戦の慰問やアウシュビッツの惨状に衝撃を受けたメニューインは戦後、平和運動に尽力しました。また、スペイン内戦に亡命を余儀なくされたカザルスはベトナム戦争さなかの国連で「私の故郷では、鳥はピース、ピースと鳴くのです」と語り、故郷カタロニアの民謡「鳥の歌」を演奏しました。
しかし、こうした動きは、クラシック音楽の世界にグローバル化をもたらしたともいえるでしょう。彼らは海外に拠点を移し、演奏活動を続けましたが、当時の多くの演奏家が北米・南米に逃れ、そこでオーケストラプレーヤーや教育者として音楽を続けました。今日、北米や南米からすぐれた演奏家が多く輩出されているのはそのためでしょう。しかしその際に、伝承の技としてあった演奏上の慣習が失われ、それにかわるよりどころとして「楽譜に忠実」という演奏様式が力を得ていったように思います。つまり、クラシック音楽のグローバル化は西ヨーロッパというローカルな土壌を離れ、地域や民族にかかわらず、万人が読むことのできる紙の上のテクストによりどころを移したのではないか、と。そして、21世紀の日本でクラシックを楽しむ私たちも、広い意味ではそういう流れの中に存在しているのではないか、と。
私にはどちらの演奏様式が正しいともいえませんが、いまこの蓄音機が現役で彼らの演奏を伝えてくれるということ、そして、それに熱心に耳を傾ける聴衆がいることを、私は心強く感じました。そう考えると昨今話題のPSE法なんて愚法がいかに文化破壊であるか、なんとなくわかったような気がします。そして、イヤホンを使ったパーソナルな装置が主流の昨今、一緒に耳を澄ませる時間をもつことは非常に大事なことであったような気がします。
つくばコンサートの夏シリーズ売り出しには2時間で60数名の方が足を運んでくださいました。
10時の売り出しなのに、行列の先頭の方は朝7時にいらっしゃったということです。
ありがとうございましたm(_ _)m
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